2016年3月13日の「家庭力セミナー」東京都狛江市ファイナル、どうだったかと言いますと…
まず反省点。
母の誕生日で、それをネタにするつもりだったのですが、すっかり忘れていました(汗)
せっかく、これ以上にないタイミングで舞台が整っていたのに…
(ちなみに夕ご飯は「はーべすと」という自然食のお店で、ちゃんとご馳走しましたよ)
http://www.create-restaurants.co.jp/shop/index.php?controller=FrontCrShop&action=shop_show&id=666&lang=ja
それはさておき、今回の特色は順番。
いつもは母が話してから私…
という順番なのですが、今回はそれを逆転。
当たり前ですが、同じ内容でも印象はかなり違うと思います。
どう違うかは、親子講演会を二回聞いた人しかわかりませんけど。
そして、私自身の変化として大きかったのは、質疑応答から始めるスタイルを取らなかったこと、です。
母が先に話している場合は、母の話の中でぜひ私(息子)に聞いてみたい質問があればぜひ!
という風に半ばお約束で行っていたのですが、今回はそれがなかったので、いきなり本題。
しかも先日の発達障害支援スーパーバイザー研修の課題としてあった中途半端感を払しょくすべく、ライブ感重視を止めてみました。
今回に関しては、講演会に集中。
いやぁ、話しやすいです。
(何年振りだろうって感じですね)
だってこっちが準備してきた話を、そのままストレートに話すだけ、ですから。
このスタイルはこのスタイルで意味がある、価値があるなって再確認した次第です。
最後の批判コーナーでも、今回が一番わかりやすかったって言われましたし。
内容はもちろん、スクラップ・アンド・ビルドです。
3本力まで繋げられなかったのは、至極残念でしたが、伝えたかったことは一応形になっていたと思います。
まだまだ未熟ですけどね。
自分でも上滑りしているのは、自覚があります。
もっと精度、練度、感度を高めていきたいですね。
知識としてわかりやすくまとめるのではなく、自然な感情と言葉が一体化する意味でわかりやすくしたいんです。
そこにこだわり過ぎかなとも思うんですけど、思うんですけど…
表現していくとか、訴えていくとか、刻んでいくとか、届けていくとか、響かせていくってそういうことだと思うので。
でも見ている人からすると、感情が先行していてわかりにくくなっている感じなんだろうなぁ、と(汗)
そこは申し訳ない気持ち、あります。
その部分ってうまく回らなかった時って、凄く残念な結果になっちゃうから。
一方でさらけ出していく、インスピレーションを意識する、生き様で言語化していくスタイルを目指すなら、ある程度割り切るしかないかなとも思っています。
とにかく、今回は物凄く疲れました。
端的に言うなら、私が成長する、気付きを得る、言語化していく、新しく試していくスピードよりも、生き辛さが深刻になっていくスピードの方が速すぎる!
その圧倒的な現実がきつい。
それからターニング・ポイントは、
「みんなで一緒に成長しましょう」
という価値観を前面に押し出し始めてから、ですね。
それまでは…ってそれまでも大人の役割とか、イイトコサガシ・ワークショップに一緒に参加して、一緒に創って下さいなどは言ってたんですけど、聞いている側は恐らく
「生き辛さを抱えている当事者に何が必要か?
どう、自分はフォローしていく、アドバイスしていくか?」
みたいに翻訳して聞いていたと思うんですよ。
それを完全に私は違うよ、みんなで一緒に成長するんだよ!
と一歩踏み越えちゃった。
当事者の領域外に。
ある意味で、侵犯行為に取る人が出てくる領域に。
目に見えない摩擦が、圧力になり、何とも言えない空気になっているのだと思います。
その上でスクラップ・アンド・ビルドですからね。
まず、自分がその姿勢を示さないと説得力がないけど、それは自ら突っ込みどころをたくさんさらけ出すってことでもあります。
その上で、反論・批判・大いなる疑問をお願いします…
というスタンスを取るわけですから、さらけ出した無防備の心に本音の直撃言語が来ちゃうわけです。
自分の言葉でフォローするなら、味わうしかありません。
答えを出すというより、自分の感情を正直に味わっていくしかありません。
今回のアンケート、生々しく直球な内容がありまして…
書いて下さってよかった、よかったって話なんですけど、重かったですね。
(本当はアンケートではなく最後に言葉で伝えてほしかったけど、それはしょうがない)
アンケートに書かれても困る、私たちに言われても困るって内容なんですけど、でも多分誰にも言えなかったんだろうな、と。
二つの感想が思い浮かびました。
一つは、これが生き辛さが複雑に重なったしわ寄せ、ということ。
表に出にくいということは、蓄積されていくということ。
悪循環していくということ。
どんどんこじれて、違う生き辛さを引き寄せてしまうということ。
二つは恐らく、行政イベントの参加者のほとんどはこのレベルのきつい現状を味わいたくて参加しているわけではない、ということ。
きれいごとの理想論で終わりたいわけではないけど、ここまでのきつさは望まないだろう、ということ。
例えるなら同じ警察ドラマでも「F・B・EYE」のシリアスはよいけど、「ザ・シールド」のシリアスさはノーサンキューじゃないか、と。
(わけがわからないと思いますが…ちなみにどちらも私にとっては、素晴らしい海外ドラマであることに変わりはありません)
じゃあ、どうする?
結婚前・出産前から準備するしかないです。
知識・勉強ではなく実践で。
ガンガンとワークショップを試しまくって、柔軟性を高めて、引き出しをたっくさん創っていくしかないです。
その流れでサードプレイスを増やして、そこで大人が成長を目指せると共に癒される、回復する環境を創っていくしかないです。
行政主導ではなく、民間主導で、です。
(市民活動でネットワーク化できれば行政も動きますから)
そこに必要なのは?
割が合わないことを受け入れて、生き辛さを抱えている人たち、次世代・次々世代の人たちのため…
地道にコツコツとインフラ整備を目指す人たちです。
結局、割が合わないからやらないって先送りし続けたツケが生き辛さなんです。
その連鎖をどうするか?なんです。
現世代で変えるのは無理でも、止めるのは無理でも、悪循環を表に出してスピードを弱めるくらいは頑張りませんか?
シンプルに言うなら、そういうことです。
魔法も特効薬もないんです。
誰かがやるしかないんです。
「家庭力セミナー」を地元で開催したいという方、ぜひぜひオファーをよろしくお願い致します(礼)
staff@iitokosagasi.com
イイトコサガシ:冠地情(かんちじょう:本名)
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