「もう少しだけ、話せませんか?」
Hさんは思いの丈をゆっくりと語り始めた。
話の構成ができていないため、順序が適切でなかったり、結論が早すぎて、意味がわかりにくくなったり…
ヒアリングも大変だったが、要点をまとめるとこうなる。
・色々な人と話をする訓練のために2chのOFF会に出るようにしている。
・友達らしい友達はいない。
・お医者さんやカウンセリングは受けているが、会話という感じではない。
・家族はお互いのことがわかりすぎているため、訓練にはならない。
そして聞かれた。
「どうしたら話せるようになりますか?」
俺は得意分野から話したり聞いたりすることを薦めた。
しかしHさんは即座に
「ないです」
そんなことはないだろう、とかなり粘ったが本当にないらしい。
なにせ格闘技のジムに通っていたという話を聞いて、その周辺(ジム仲間の話、コーチの話、プロ選手の話、世界チャンピオンの話など)の質問をしてみたのだがHさんはあっさりと
「自分がやりたくてやっているので、他人にはまるで興味がない」
取り付く島もない。
Hさんのやっていた格闘技はそれほど詳しくないが、それでも格闘技は俺の得意分野。
これで盛り上がれなかったら、もうチャンスはない。
俺はかなり食い下がった。
しかし…
プロになろうとは思わなかったのか?と聞いても
「ライセンス取れるまでやってみろ、と言われてそのつもりでやっていたがなんとなくやる気がなくなってしまった」
その理由を聞いても、自分でもよくわからないらしく、首を捻るばかりだ。
本も読まない、雑誌も読まない、漫画も読まない、新聞も読まない、テレビも見ない、ゲームもやらないetc…
Hさんの答えは簡潔だ。
「やらないですね」
「興味ないですね」
「よく知りませんね」
俺が困っていると、Hさんも困ったように苦笑いを浮かべていた。
会話は続かない。
しかし、会話をしたいという気持ちは痛いほど伝わってくる。
だからといって、打つ手がない。
会とも二次会とも違い、俺しかいない。
俺がアクションしなければ、場は沈黙する。
彼に質問を促す。
「思い浮かびません」
そんなことないだろ、と突っ込みをいれたくなるが、彼の困った顔を見てそれが正真正銘の本音であることを悟る。
気ばかり焦り、空回りし続けている俺に、Hさんがこの日、一番の長い言葉をつぶやいた。
「ジョーさんがうらやましいですよ。ジョーさんみたいにしゃべれたらどんなんだろうって思いますもん」
俺は即座に俺は自分話ばかりしてしまって、相手の話を聞けないんだ…という説明をしようとしたが、途中で打ち切った。
もう、認めるしかない。
俺は自分の思い・考えを言葉にまとめて、相手に伝えられる…という点では、かなり恵まれている、と。
時計を見ると二時間が経過しており、そろそろ、終電間近であった。
Hさんにそのことを告げて、お互いで何か打開案を探してみようと約束をした。
別れ際、Hさんがたどたどしくこう言った。
「今日は話せて、ホント、よかったです」
話せてないじゃん、話してたのはほとんど俺じゃん、なのに笑顔で話せて良かったなんて…
もっと話させてあげたかった。
でも、できなかった。
余力は残してない。
やれることは全てやった。
いや、ひとつだけ心残りがあった。
それは…
「俺でよかったら月に一回、会話の訓練に付き合おうか?」
この言葉、何度も何度も逡巡しながら、最後の最後まで、口にできなかった。
のど元まで出掛かったけど、その度に押し戻していた。
「だって、こうすればって手段を思いつかないんだぜ?」
「また同じことの繰り返しになる」
「今日、ベストは尽くしたよ」
「Hさんの障害の複雑さを考えれば、素人が手を出すべきじゃないよ」
全部、言い訳。
自分を正当化しているだけ。
最悪の自己嫌悪と戦いつつ、どうにもならない壁…障害に俺はビビったのだった。
イイトコサガシの原点。後編へつづく。
2010年1月31日の成人発達障害当事者会情報はコチラ
「コミュニケーション能力向上プログラム」「呼吸法プログラム」
イイトコサガシは心理職アドバイザーが参加する、成人(大人)発達障害当事者会です。
イイトコサガシは今後も成人発達障害当事者(アスペルガー、ADHD、高機能広汎性等)の居場所作りを進めて行きます。
2010/01/17
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